森と庭の管理人(仮称)

副理事長.森と庭を管理する。

【美しさは,それを作るものの意思が必要(長文です)】

4月20日,21日は橋口学先生のレッスンでした。

このレッスンは毎回,植物の美しさを考えさせられる時間で,

これまでの人生で最高に楽しい一時です♪

今回は,丹頂アリウムを用い,「植物の動き・調和と対比」と言うテーマで

造形デザインを行いました。

写真(上)は,制作してすぐのもの,

写真(下)は,先生に手直しをしていただいたもの。

このデザインへの詳細な評価は割愛しますが,

ほんの少しの手直しで,同じ空間内,同じ材料で構成されていても,

調和が生じ,構造が安定し,洗練されることに気付かされます。

先生の口癖なのですが,

「僕たちは美しいものを作ろうとしているのです。

美しいものは,美しく作ろうと思わないと美しくなりません。」

そう,美しさには「作る人間の意思」が必要なのです。

ドイツの植物造形デザインでは,先人の多くの知見と経験から,

橋口先生が学ばれた「植物が持つ美しさを引き出す方法論」が

色彩・構成構造・材料等々,様々な視点から体系化されています。

森林美学でも,植物造形デザインとよく似た記述が散見します。

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話は変わりますが,よく,森林美学の話をすると林業関係者の方々は

「いい山を作ると自然に美しくなる」と言うお話をされます。

美しさは人それぞれ,個別の判断なので,それは間違いではありませんが,

多くの人が「美しい」と思える美しさかどうかは,確率的に高いとは言えません。

合自然的に山を作ることは,山の自然らしい風景が出現しますが,

同じ山をさらにほんの少しの手直し,美しさへの僅かな配慮を行う意思によって

その林地の機能を損なうことなく,樹木群が持つ自然らしい美しさを引き出し,

より多くの方への美しさがアピールが実行できます。

それは例えば,地形の美しさを引き出すことと管理を考慮に入れた林木配置であり,

癒される鳥のさえずりと森林土壌の豊かさのための林床植物の維持であり,

樹形と樹木の健全性と木材の生産性を鑑みた枝打ちであり,

菌類と樹木の関係の健全性及び価値ある木材の育成に加え,

森林のビューポイントを作り出すための大木の維持なのです。

自然の美しさの拠り所を強調する点も,橋口先生のレッスンと共通します。

さらに私の師匠,荒山林業の荒山雅行さんも同様のことをおっしゃっていました。

ザーリッシュは,そのことを何度も何度も,様々な視点から主張しています。

現在のような環境心理学的なアプローチがなかった時代ですので,

過去の多くの人が認知する美の事例(絵画や文学)などを事例にあげ,

たとえ対象が生産林であっても,ほんの少しの手直し,美への配慮をすることで,

生産機能を損なわないまま,林地は美しくなると説明するのです。

この説明のために,森林美学はともすると文学的であり,非科学的,

主観的で客観性に欠けるとあらぬ誤解を受けてきました。

しかしザーリッシュが素晴らしいのは,林地は樹木,生き物を対象としているため

自然法則にしたがって林地を作ること(合自然的)を大前提としている点,

そしてそれによって,造林・育林コストを抑え,良い材を生み出すことを,

自身の700haの所有林経営によって実行し,出版によって世に示した点です。

いつの世も,実行ほど尊いことはありません。

特に森林は長時間を要するため,胆力が必要な期間が長かったと推察します。

 

森林美学の翻訳作業の中では,ザーリッシュの「美への配慮」の真意がわからず,

多様性,生態系サービス等,科学の俎上に乗せることばかりを考え,

文章の真意を超えて現代的な解釈を試みたため,内容の本質を見失うことが多く,

それが翻訳作業の延長につながったと,省みて思います。

しかし私共もザーリッシュに倣い,自ら森林を作り,植物造形を学ぶことで,

再度翻訳の対象と森林そのものに向き合う必要を感じ,素直に文章を読み直し,

ザーリッシュの真意を読み解くための「ほんの少し」の手がかりを手に入れ,

 膨大な修正作業を完遂できたのだと思います(※。

美しい森林をつくる営為は,現在の林業関連の中では不必要と目されています。

しかし,私の所属する学問分野の中では,必ずしもそうではありません。

世の中では,自然で多様かつ美しさが必要とされている森林もあるからです。

私にとって,林学の知見をベースにしながらも,美しさを否定しない分野にいたことは

翻訳作業の上で,本当に運が良く,幸せなことでした。

やっと,堂々と森林の美しさに言及していくことができそうです。

なんだか,たくさんの人に感謝したくなるこの頃なのです。


※)翻訳の元になった英文は,原著ドイツ語をかなり忠実に英訳していました。その英語版をさらに日本語訳をしたものが日本語版森林美学です。翻訳作業の当初は,各訳者の素訳に意訳が多かったため,文章の真意を知るため一旦直訳をし直した上で,さらに各訳者の訳文を尊重しながら現代日本語文に直す修正,その林学的解釈を行いました。さらには美しさの事例としての文中の詩や文学からの引用文を特定し脚注を加えること,地名や人名の表記の統一など,作業は多岐に渡りました。作業期間の延長は,関係者の皆様の誹りを免れないと自覚をしていますが,それでも出版物として世に出すことに関し,譲れない部分が沢山ありました。しかし幸い,編者の皆様及びドイツ文学のお二人の研究者の多大なる貢献,そして何よりも出版社の担当者の方の緻密に繰り返される校正作業,また社長の熟慮と熱意によってそれらをクリアし,まだ完全と言えないまでも,なんとか出版に至ることができたことを,ここに感謝とともに記録として記載しておこうと思います。ありがとうございました。


出典:森林美学(2018):小池孝良編(他編者4名):海青社(5月下旬出版予定) 
   花束作り基礎レッスン:橋口学(2012):誠文堂新光社